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飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

●神よ、その腕もて1(1980年)●編集中コンテンツあり

●編集終了●神よ、その腕もて1(1980年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/★神よ、その腕もて闇を払いたまえ上(編集中)コンテンツあり
★神よ、その腕もて闇を払いたまえ上(編集中)

神よ、その腕もて闇を払いたまえ上
      
山 田 博 一
                       ぐ
年、火星、マリナaシティ郊外。
ク4 ‐!&点在している。火星嵐が吹き荒
れている。ほんの数m先も見えない。
 男達は音もなく、一つのイグルーに近づき
つつある。重装備だ。このあたりは郊外だけ
に人影はない。
 うす汚れたイグルーの一つに近づく。宇宙
服を着叱まま、イグル’。の外部インターフォ
ンを一人の男が押す。
 「開けろ、クロス・クライスト、お前がそこにいるのはわか
っている。手をあげて出てこい。まわりは取
り囲んでいる」
 イグルーの中の男は色めきたった。部屋の
片隅で子供の泣き声がする。妻であろう女が
子供を抱いていた。


 「クロス・クライスト、奴らだわ。どうしてここがわかった
のかしら」
 「しっ。だまれ、ジャネット。お前の側の窓
から何人の人間が見える」
 「5人よ」 .j、
 「どんな武器を持っている」
 「重反動砲らしいわ」
 「くそっ、人間3人に。軍相手の武器を持っ
てきてやがる。どうせ相手は俺一人なんだ」
 男は女の方を振り返った。
 「お。前とカレンは出ていくんだ。コーヘンも
お前達を殺すはずはないはずだ」
 男の顔に√つっすらと汗がうかんでいる。
 「いや、ダメよ。あなたは殺されるわ」
 「聞きわけの。ない事をいうな。お前達が一緒
 78一

79
にいれば。俺の生き残るチャンスがそれだけ
減るんだ。生きていれぱ、必ず、会いに戻っ
てくる。り44こ
 「わかったわ。あなたがそういうならば」
 「時間がないぞ。イグルーごと吹き飛ばすぞ」
外から男達の声がインターフ″ソを通じて聞
こえてくる。
 女と子供はすばやく宇宙服を着込んでいる。
 「いいか、俺はいない事にするんだ」
 女と子供は・イグルーの外へ出て行った。男
達のチーフらしい男がインターカムで話しか
けた。
 「。お嬢さん。やっとお会いできましたね。お
父さんがお待かねですよ」
 「あんな人、父ではないわ。会いたくもない
わ」
 「そうおっし?るものじゃございませんよ。
それはそれはとても心配しておいでです。と
ころで奴はどうしたんです」
 「あの人は今、’シティの方へ仕事に出迎いて
いないわ」
 男がニヤリと笑うのがへ’ルメットを通して
見えた。
 「お嬢さん。クソはあまりお上手ではないよ
うですな。これをごらんなさい」
 トレーサーのテレビモニターに光点が輝い
ている。
 「明らかに生体反応がまだあのイグルーの中
にあるんですよ」
 女は青ざめる。
 「。ヘットよ。。ヘットの「クサ犬よ」
 ‐1.ヘットですって、大きな「クサ犬ですな。
じゃイグ″Iごと吹き飛してもいいわけです
な」
 「やめて、わかったわ。彼は中にいるわ」
 「そうそう。素直になって下さい。コーヘン
さんからあいつを生きたままで連れてこいと
命令されていますのでね。さあ叫んで下さい。
クロス・クライストの命は私が保障しますよ」
 「クロス・クライスト.出て来て、もうダメ」
79
80
 「くそっ」クロス・クライストと呼ばれた男は舌打ちした。
 「約束する。お前の命は保障する。彼女の父
親の前につれていくだけだ」
 「俺はコーヘソの前に突き出されるのが一番
恐いよ」イグルFの中の男は始めて答えた。
 「娘の事を考えるなら早ぐ出てこい。この子
を父なし子にしたくはないだろう」
 「わかった。急にぶっぱなすなよ」
 イグルーから、ゆっくり宇宙服を着込んだ
男がでてくる。
 「ちえっ、あんたか、クーガル。コーヘソの
おべっか使いめ」
 「そのムダロもこれまでだな」クーガルと呼
ばれた男達のチーフは、となりの男に合図し
た。重反動砲が.クロス・クライストの方を向き。引き金に
手がかかった。
 「約束が違うわ!」女が叫ぶ。急に女は重反
動砲を持つ男に飛び。つき、発射を阻止しよう
とする。
 が重反動砲は発射されてしまう。クロス・クライストは身
を大地に投げ、ロケット弾から逃がれる。
 女が倒れていた。重反動砲の射出孔からの
挑出薬莱が彼女の胸を撃ったのだ。心臓を直
撃していた。
 「お嬢さん、お嬢さん、しっかりして下さい。
お前らはクロス・クライストを殺せ」
 イグルーのまわりを囲んでいた男達はすべ
て、クロス・クライストに向かい重反動砲を発射する。
 閃光がまわりを被う。が火星嵐はいよいよ
猛威をふるい、数m先もみえない。
 「逃がすな」クーガルは声を荒げて言った。
 「お嬢さん、ちくしょう何んて事だ」
 彼女“5 4’ネット=コーヘンはすでに絶命
してにいた。宇宙服の一部が破れている。彼女
の死に顔は美しかった。近くで子供が泣いて
いる。クーガ″のインターカムにはその泣声
はうつろに響いている。
 「俺はコーヘンさんになんてあやまればいい
のだ」
 クーガルはひざを曲げ、両手を火星の大地

80
81
についていた。
 火星嵐がすべてを洗い流すように吹き荒れ
ている。



年、3月、地球アメリカ大陸B地区
の阻星は何の変哲もないもののはずだっ
・た。
 近くの人々は落下時の大きな音と光に驚い
た。振動が後から襲ってきた。森林地帯であ
り、人家は・密集してらないのが教いだった。普
通、阻星は地表に落下する以前に燃え尽きて
しまうものだが。
 人々は山火事を心配して、グンドクルザー
型エアーカーで落下点へ向かっている。
 森林監視官グランベルもその一人であった。
彼は久しぶりのあたたかい家の団槃から冷た
い外へ連れ出されたことに怒りを覚え、車を
走らせている。
 先刻までの三次元ポーカーはかなり、イイ
線までいっていたのに。いつも負けてぱかり
いる毛皮商人のにジーツクからかなり巻き上げて
いた。それがこの騒ぎだ。一週間に一度の楽
しみをじ?まされたグランベルは強引にラン
クルエアーカーを吹飛はしていた。
 最近このB地区に建設された施設、確かR
M計画の施設と呼ばれていたが、そのせいか
もしれないとグーフンベルは思った、異常な事
が最近、富にこのB地区に起っていた。
 遥か地平線の方に光るものがあった。
 どうやら限石のようだ。グランベルの目の
前に突如、光り輝く小山が出現していた。‘熱
い。まわりの樹木はすでに燃え尽き。灰にな
っている。しかしどうやら山火事にはいたっ
ていない。グラソ。ヘルは車を近づけた。熱さ
が車にいても。グランベルの皮膚を散り散り
と焦がす。車から降りた。
 それはまるで悪魔の生き物のようにグラン
ベルの前にそびえ立っている。高さはゆうに
`一mは越すだろう。
 81一

82
 熱さに鍛えて、ゆっく勺とグランベルは近
づいて行く。
 突然、その山が動いたように見えた。それ
がグランベルの最後の知覚現象であった。’
 その光忙は、地球の歴史を変え始めるI・へ
Iジにすぎなかったのだ。


2031年、10月、地球、ニューヨーク。カーゴ
ースポートZ27。
 外宇宙から帰ってきた宇宙船が林立してい
る。といってもオンボロな荷物船ばかりだ。
ここは大宇宙空港の片隅である。
 エアーカーが停止する。
 「パンク、ここまでで本当にいいんだな。な
んならシティまで乗せて。いってやるぜ」
 「いいんだ。エド。俺は久しぶりの地球の土
って奴を踏みしめていたいんだ」
 「そうだったな、パンク。お前、もう20年近
く。地球へ環っていなかったんだな。それじ
夕気をつけろよ。地球は変っているぜ。総て
がな。あ、そうだ。グロスという病気に気を
つけろ」
 「何だ。そりゃ」
 「まあ、そのヽうちわかるさ、じ夕あな」
 「ああ」
 エドヽは、エアーカーを飛ばし、家族の待つ
ンティ中央部へ向か’つていく。
  一人残ったパンクは’ゆ?くりと久しぶりの
地球の空気と大地を楽しむように空港ターミ
ナルの方へ歩き始めた。
 3人の男が、(yクと呼ばれた男を、船が
着陸した時から様子をうかがっていた。近く
の駐車場のワゴンの中から高性能の望遠鏡で
姿を追っている。
 「どうやら、あの男に間違いなさそうだな」
 「顔はこのVTRとかなり違っているぞ」
 「この男は少なくとも10数回、我々の手から
逃れるために整形手術を受けている」
 「他の身体的特徴は右手がサイボーグ化して
82 ‐
83
いることだな」

 「これも決め手にはならんだろう」

 「外宇宙ではかなりの宇宙マンがサイボーグ
手術を受けているからな。少なくともあの男
は10数年、この地球には近づいていない」
 「そして、我々の蒔いた餌に飛びついたわけ

か」

 「そう自分の娘のためだからな」
 「ようし、ウィリー、車を出せ。とにかくあ

の男を掴えてみよう」
  4・            y         -
 パンクは後から着けてくるワゴンに気がつ
いている。ゆっくり歩き続けていたが、倉庫
の角を曲って急に歩みの速度を上げた。
 ワゴン車は急激に近づいてきた。パンクは
後を振り返る。ワゴンの中の男の顔は見えな
い。車ごとぶつかって来た。パンクは振り向
きざま。車体の前部ドアを右手で把んでいた。

速度をあげてきた車のドアは、パンクの右手
の中でぶっちぎれてはじき落ちる。

 「くそっ、パラクイザーを使え」
 車の中の男が叫んだ。
 車をターンバックさせようとした瞬間、パ
ンクは後から、ダッシュする。右手を体の前
に迫り出し、体ごと車の中へ-yヤンプする。
捨て身の戦法だ。リアウインドウはバヲバヲ
に砕ける。
 手刀をパラーフイザーを構えていた男の手に
振り落とす。
 「グウッ」・ヽ男の右腕は。タフタfザーの発射寸
前、折り切られている。
 もう一人の男がづフーフイザーの銃身でパン
クの頭をなぐりつけようとする。パンクは右
手でそれを受ける。パクライザーの方がつぶ
れた。
 車を運転していた男は倉庫の右側の壁へ車
を急激にターンし、叩きつけた。車をパウン
ドし、反転し、あお向けにころがる。
 パンクは車の内部へ叩きつけられた。他の
二人も気絶している。
 車を運転していた男も半死の状態である。
83
84
   男は苦しい息の下で、マイクを取り上げ、ゆ’
   つくり言った。
   「こちら、ウィリー、救援を頼む」それだけ 一
   言うと気を失なった。            】


    パンクが目ざめると。老人が大きな机の後 】
   に座っているのが見えた。背景の窓には大魔 ・
   天楼群が下の方に見え。さらに灰色の空が大 一
   きな部分を占めている。
    パンクはゆっくりと体を起こす。ソフ″の 一
   上だった。部屋を見渡すと、ドアの前に屈強 一
   な男達が2人立っている。二人共ゴリラのよ ・
)  うな体付きをしている・           一
    机の後の男は白髪で威厳があった。目をつ 一
   ぶっている。パンクはその男の顔を眺めた。 ・
   「気がついたのか.クロス・クライスト」老人は静かに言っ
   た。
   「クロス・クライスト?俺の名はパンクだぜ。人違いするな」t
    老人は額に片手をやりゆっくりとし夕’べる。]。
   「往生際が悪いぞ。クロス・クライスト。君が気を失なって
いる間、総て調べあげた。骨格、声紋、その
他全てをな。”あきらめるんだな、クロス・クライスト」
 クロス・クライストと呼ぱれた男は顔色を変えた。
 「わかった。コーヘン。すると、ここはコー
 ヘン=タワーの中というわけか」
 コーヘン9タワー。現代地球に存在する最
高の建物である。権力の象徴でもあった。
 コーヘン財閥は一つの王国だった。あらゆ
る地球の工鉱業。通信業、商業、銀行。サー
ビス業を支配する大複合企業体である。
 「丁寧なお迎え、ありがとうございます」
 「ふざけている場合ではない、クロス・クライスト。本来な
らば、君と対面できるのはモルグの中のはず
なのだ」コーヘンの表情には何の変化もない。
 「命を助けていただいてありがとうと感謝す
べきというのかね、え、お義父さん」
 わずかに老人の顔に怒りの表情が見える。
 「私は君を一度たりとも。娘の夫だと認めた
事はない」
 「それを言うだけにここに連れて来たわけで
84
ーーーーーーーーーーーーー
はあるまい」クロス・クライストは立ち上った。ゴリーフの一
人が銃を抜いている。銃口はクロス・クライストを向いてい
る。
 「やめろ、サム。この男は唯一の頼みの綱な
のだ」
 「何の事だ」
 「カレンの事だ。そう、カレン。私の最後の
肉親。カレソだ」
 「最後の肉親だって。あんたには4人ものり
っぱな息子がいたじ夕ないか」
 「君は、最近、この地球に生じた阻石の落下
と、それに端を発するデロスと呼ばれる大疫
病の蔓延を知っているだろう」
 「小耳にはさんだだけだ」
 「一番上の息子アドレーは、世界経済通商委
員会に出席していた。が家族も一緒に。現在
のデス=ゾーンにいたんだ。次男のエリック
は丈夫な奴だったが。サラワクに石油の事業
で滞在中、デロスにやられた」
 「東アジアの疫病はひどかったらしいな。全
人口の63%が死亡したと聞いている」クロス・クライストの
言葉をコーヘソは聞いていないようだった。
老人のくり言のように思える。とても世界の
大財閥の長。リチ″Iドaコーヘンとは思え
なかった。彼はぶっぶつと言葉を続ける。
 「三男のグラ(ムは生きているが、かなりの
精神障害で入院している。彼は独身だった。
四男のデリーは、デスーソーンに出かけてい
って行途不明だ。地球連邦軍の一員どしてな」
 「それじゃコー・・ヘX=tM Kミジーは全員・:」
 「そうだ。私とカレンを残してな」
 「カレy、カレンはどうしたんだ」
 カレンヽクロス・クライストの愛娘。クロス・クライストは彼女に会うた
めに地球に戻ってきたといえる。それが罠と
知りつっも。
 つIヘンは時計を見た。時間をしきりに気
にしていた。彼は立ち上がってクロス・クライストの方へ歩。
いてきた。
 「クロス・クライスト、時間がない。君に会わせたい男がい
る。それは必要な手続きなのだ。君がカレン
85 
86
に会うためにな」
 「コーヘy、まさか、俺を別の場所へ連れて
行き、処分するつもりじ‘1' 4;! jだろうな」
 「考えてみたまえ。君を処分する機会は何度
もあったのだぞ。それ’に君が火星から逃れた
後も、追求する事ができたのだ。それをしな
かったのはカレンの願いだったからでもある」
 「わかった。俺がカレンに会うための交換条
件というわけだな」        。。
 「そう考えるならけっこうだ。さあ急ぎたま
え。詳しい事は車の中で話そう」
 クロス・クライストとリチャードコーヘンはガード2人に
囲まれ、特別の個人降下シャフトで一拠に冊一
m下の地下専用駐軍場へ向かった。クロス・クライストはリ
チャード=コーヘンの異常な衰弱ぶりに気が
ついていた。普段なら考えられないことなの
だ。コーヘyにとって、C£は不倶載天の敵
であるはずなのだ。それが今は呉越同舟だ。
カレンの身に何かとてつもない。想像を越え
た事態が起っていると考えられる。
 コーヘンのエアーカーはコーヘyXF
ペジャルタイプ。外からの攻撃にも充分

耐え
一られるように外装を施してある。コーヘンを
‐‐右にガードが真中にはいり、クロス・クライストは乗り込む。
一発車する。
{ 車が郊外にさしかかった時、ずっとだまっ
{ていたコーヘンが口火を切った。そして驚く
{べき事に頭をさげたのだ。
{「クロス・クライスト.頼む。カレンを助けてくれ。頼める
{のはお前だけなのだ}
{ 世界の大企業の32%を占めるコーヘン財閥
{を牛じる男が頭を下げている。
{「カレンは。今デス=ゾーンにいるんだ」
{「デス=ゾーンに居る1」
{「そう、正確に言って、汚染地帯だ。がまだ
彼女は生きている可能性がある」
}「なぜ、そんなところに居たのだ」
{「カレンはマサチューセ″ツエ科大学大学院
{に在学し、町M計画の実施に参画していた。
プレーンの一人でもあった}’
86
87
 「RM計画?」             ヽ
 「RM計画の詳細は私もしらん。人間の進化
を早める計画だとは聞いている」
 「RM計画をそのデス=ゾーンで行なってい
たのか」コーヘンは目を細めて答える。
 「そうだ。これは確実な情報ではないが。連
邦軍情報部の意見なのだが、あの阻石の落下
及びデロスの蔓延は異星人の仕技らしいのだ。
RM計画は新人類を創世するかも」)れん10そ
れを妨害する意図があるかもしれんというの
だ。これは悪までも’、推測にすぎん」
 「カレンがデス=ゾーンで生き残っている可
能性は」
 「わからん。ただ、彼女らの研究施設の連絡
装置はまだ生きている。各種のデータを本部
に送り続けていろ。施設はまだ破壊されてい
ないらしい。が彼女らからの連絡はない。機
械が自動的に送ってきているのみなのだ」
 「具体的な証拠とはいえん」
 「可能性は約1%だろう。あの施設自体はど
・んな核攻撃にも耐えるように地下数100mに隔
。離されていた。が病原菌の内部への侵入はど
うかわからんのだ」
 「コーヘソ、なぜ、プロを雇わん。いや軍隊
を動かさんのだ。君の力ならそれも可能だろ
う」
 「RM計画施設奪還のため、デスーソーンヘ
二度、特殊コマンド部隊が送り込まれた。が、
彼らも連絡を絶った。
 あの地域は電波遮断操置が上空の衛星で働
いている。また上空を行く飛行物体には自動
的にキラー衛星からのレザー砲がおみまいさ
れる。施設からの連絡は有線なのだ。
 デス=ゾーンとこの世界を結ぶのはたった
一つの橋だけなのだ。デス=ゾーンのまわり
はヽヽヽザイルによって巨大な溝が作られ。常に
濃硫酸が流し込れている」
 「危険きわまりない所だな、デス=ゾーンは」
 「地獄だ」コーヘンは汗を(ンカチでふき取
っている。車にはクーーフーが効いているのだ
87
88 
が。
 「それで、俺に行けというのかカレンを助廿
に。生きているかどうかわからんカレンのた
めに」
 「そうだ。父親の君なら、そうすべきだ。そ
れにカレソはカレンであり。さらにお前の妻
であり、私の娘分あるジャネットと同一の存
在なのだ」
 コーヘンは上着のポケットから一葉の立体
写真をクロス・クライストに渡した。それはジャネットの写
真ではないかO
 「ジャネットー」思わずクロス・クライストは叫んでしまっ
た。クロス・クライストは彼女の写真を一枚も持っていなか
った。彼女の姿を目蓋に焼き付けてきたのだ。
 カレンは確かに彼女にそっくりだった。
 「つらい。つらいぞ。コーヘソ。これを見せ
るとはな」
 「カレンのために死んでくれるか」 コーヘン
はクロス・クライストの眼をのぞき込んで言い放った。
 「死ねだと」クロス・クライストはコーヘンをいぶかしげに
にらんだ。
 「文字通り、自殺だろうbが君が行ってくれな
ければカレンは確実に死んでしまう。我々に
残された時間はあとわずかだ」
 「説明してくれ」コ.Iヘンは答えずに続ける。
 「あの限石が原因と思われる疫病グロスの生
存者はゼニス星域で生活した事がある者が多
い。といっても全員が生き残っているわけで
はない。生存率い」%。その内ゼニス星域で生
活した事のある者88%なのだ。何か特別の力
が発生しているのかもしれん。ゼニスには」
 「全体の死亡率は99.%と言うわけか」
 「そうだ。その生存者も我々が得た情報では
正常な体をしていない」
 「正常な体ではない。どういう意味だ」
 「それは自分の眼で確かめてほしい。それに
わずかだがカレyもゼニス星域で生活したこ
とがある」
 「先刻。時間がないといった理由はなんだ」
 「特殊コマンド部隊から連絡がないのにしび
88
89
れを切らした世界連邦議会は、インド洋上に
展開中の、スーパー潜水戦隊から数十発の核
弾頭ミサイルを発射する準備にOKのサイン
を出したのだ。RM計画が外に洩れるのを防
ぐ意味と、このままでは世界を滅ぼしかねな
い疫病デロスの原因の源を抹消するためだ」
 「残された時間は」
 「5日間だ。それも私の力でなんとか延長を
計って5日間なのだ。本当ならもうミサイル
が発射されていてもおかしくはない」
 「まだ悪い話がありそうだな」
 「さらにつけ加えると、デス=ゾーンに入る
には病気のデロスに汚染されていなければな
らん。デス=ゾーンにはいって始めて病菌と
接触してはだめなのだ」
 「というのは」
 「汚染数時間後の発熱時は身動きができん。
体が動かせん。そこで生きるか死ぬかどちら
かだ」
 「最悪の場合、デス=ゾーンへ行き着く前に
死んでしまうわけか」
 「そういうことだ」
 「コーヘン、俺にとって、デス=ゾーンへ行
くメリットはなにかね」
 「カレソに会えるという事だけだ。それに約
束しよう。カレンが生きて帰ってきたらカレ
ンに私の全財産をゆずる」コーヘソはつけ加
えた。
 「残念ながら、君が生きて帰って来たとして
も、私は君を。あれの夫とは認めん」
 「カレンは、正常な体ではないかもしれんぜ」
 「かまわん。奥深い部屋で。誰にも合わず、
命令を下せばいいのだ」
 クロス・クライストはコーヘンが話し終った瞬間、コーヘ
ンの顔を思っきりひっぱたいた。もちろん左
手でだ。
 ガードの銃口がクロス・クライストの頭に突き着けられ、
トリッガーに手がかかっている。口から血を
流しながらガードに言った。
 「殺すな。サム。この男しか、この世の中で
89

90
この男しか頼れる男はおらんのだ。私をなぐ
った事で気がすんだかね、クロス・クライスト」
「そう、この俺しかいまいJクロス・クライストは思った。
「クロス・クライスト、頼む。私の手の内はこれですべてさ
らした」
「カレンはレ″ネットに似ている」
「そう、ジャネットにそっくりだ」
 カレンは母親似だ。金髪。あの青い瞳……。
 四年、南アフリカ。ヨ(ネスバーグ近郊。
「ギャグ、クロス・クライスト、助けて」
 ブッシュから現われたのは、しかし小さな
アルマジロだった。ジ″ネットもこわがって
いない。クロス・クライストに抱き付きたいだけなのだ。
 クロス・クライストはその頃、ジャネットの守護者となり
つつ‘あった。
 クロス・クライストがカレンの母、ジャネットーコーヘン
と出合っだのは.クロス・クライストの生まれ故郷アフリカ
でだった。
 クロス・クライストの祖父母はアフリカへ移住してきたイ
ギリス人で、父は動物監視員として糧を得て
いた。クロス・クライストは幼ない頃から、見よう見まねで
銃の扱い方に習熟していた。
 18才の時だった。コーヘン財閥の頭目、リ
チャードコーヘンが家族ぐるみで、わずかに
生存している動物のビッグサファリツアーを
楽しんでいた。そのためにクロス・クライストの親父がかり
だされた。人手が足りなかったのでクロス・クライストも連
れていかれた。
 その中に男ばかりのキャンプの中で、16才
のジャネットが文字通り咲いていた。
 5人の兄妹の末娘ジャネットははねっかえ
りだった。4人の兄にもまして、プライド、
富豪のプライドを顔に現わしている娘だった。
身長は170mくらい。髪はブロンド。瞳はすい
こまれそうなブルーだ・つた。プロポーショ。ン
といえは、フ″。ション雑誌「ヴォーグ」や
 「エル」のモデルもかなわないだろう。
 彼女は最初.クロス・クライストをまるで奴隷かなにかを
90
91
見るような眼で見ていた。
 クロス・クライストにとっても、こんな種類の女と同じ空
気を吸う事さえ鼻持ちならなかった。
 ある事件が二人を急速に近づけた。
 父親他、全員がソウの(ンティングに出か
けていた時の事だった。
 偶然、テント近くにはクロス・クライストとジ″ネットと
メイドが2人しか残っていなかった。
 悲鳴が聞えた。クロス・クライストはジ″ネットの悲鳴だ
と気づき、テントに走った。
 一フイオソだった。手負いのめすのライオン
が目の前数mでにらんでいる。
 クロス・クライストの心も凍りついた。こんなに真近でIフ
イオッと面とむかった事はなかった‥遠距離
では何度もライオンを射ち殺してきたクロス・クライストだ
ったが。
 近くにIフイフルがない。あった。ジャネッ
トがにぎっている。が驚きのために発射でき
ないでいる。メイドは気を失ないかけている。
 クロス・クライストはジ″ネットに体ごとぶつかりころが
91
92
った。一フイフルをレ″ネットの肩ごしにつか
 一みトリッガーに指をつっこみ発射した。それ
・はクイオンがこちらへ向かいジャンプするの
 、と同時だった。ライオンの息づかいをクロス・クライストは
一感じた。
  2人の体の上にライオンの死体がおおいか
 ぶさっているのが発見さ。れた。最後のあがき
 の爪痕がクロス・クライストの体のあちこちに残っていた。
 血だらけの体だった。気絶から目ざめたジ″
 ネットはそれを見て、再び気絶してしまった、
  結果として。ジ″ネ″卜はそれ以後ず1つ
 とクロス・クライストにくっついてくる。ふりかえって。y″
 ネットの新しい眼で見れば.クロス・クライストにはアフリ
 カの原野で鍛えられた肉体と。母親・ゆずりの
 美貌があった。
  一週間でび″ネ″卜はクロス・クライストの体と心の虜に
 なっていた。
  駆け落ちだった。コーヘンはもちろん。若
  ぎるジャネットと、たかが(ンターの息子
 にすぎないクロス・クライストの結婚を認めるわけがなかっ
-1

た。
 コーヘッ財閥の金の力をパックにした追求
の手は香港のスーフム、シャン(イ、ニューヨ
ークと執拗に続いた。
 そして、地球を離れたジャネットとクロス・クライストの
間には愛娘が生まれていた。名はカレyと言

 火星であの事件がおこった。それ以来クロス・クライスト
はカレンと会っていない。
 再び203年、10
中。
月、ニューヨーク郊外。車の
「ところで、この車はどこへ向かっているの
かね」
 「先刻言った通り、君に会わせたい男がいる」
 車はかなり郊外に出たが、遠くにはまだコ
’‘ヘッ=タワーがその姿を見せている。{イ
ウェイにはあまり他の車は通っていない。コ
ーヘンの車の前と後に}台ずつだった。
 両方の車は、コーヘylタワーの地下駐車
場を出て来た時からずっと一緒なのだ。
 「おかしいぞ」ゴリラの一人が言った。
 だしぬけに直前に前を走っていた車が急停
車した。後から付いて来た車は背後からスピ
ードをあげて突き込んできた。
 衝撃と共に車が地上に落ちた。両方の車か
ら5人の男が降りてきた。手に手にマシyが
yを手にしている。
 コーヘソの渾は特別製だ。彼らのマジyガ
ッの一連射でも車体にわずかにヒビが走った
だけだ。マシンガンがだめだとわかると、一
人の男は車へとってかえし、小型バズーカを
取り出してきた。
 サムともう一人のガードは、車のサイドキ
ャビネットから手榴弾を取り出し、左手に持
っている。右手にはすでにホルスターから抜
いたマグナムス。ヘジャルガyを構えている。
コーヘンはシートの下に身をかがめている。
 ガード達はドアの突出口から手榴弾をほお
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り投げた。   犬
 外の男達は瞬間、物かげに隠れようとした
が間に合わない。爆発がおこり、振動が車を
襲った。2人の男が倒れている。
 男の小型バ芦1カがまともにフロント
nガラスに命中し邸。が7ふソト=ガラス
はようやく持ちこたえてやる。 ヒビで
前はまるで見えない。クロス・クライストはサムの持ってい
た銃を瞬間。うぱい取っていた。ドアのロッ
クを右手でねじさり、外へ飛び出す。道路を
ころがる。火線が追ってくる。クロス・クライストは道路か
らころがり堕ちる。火線は一時停止する。外。
の男は2発目のバズーカをつめ込んでいる。
その男をねらって、クロス・クライストは2発銃を発射した
が、男は車の反対側に隠れてしまう。クロス・クライストの
右肩を弾がかする。後の車の男達がマシンガ
ンを連射する。車の内のサム達も車の発射用
銃口から応射している。クロス・クライストは右手のガードー
レールをひきちぎり。勢いをつけて、男達にI
むかい投げつけた。ヤHyのようにガードレー
 ルの切れっぱしは飛んでいき。切り口は2人
 の男の体をつらぬき、車体にめり込んでいた。
・ 後の車の2人をかまっているうちに前の男
一のバズーカが発射される。
  コーヘンの車のフロントリガラスからバズ
 ーカ弾が飛び込み、車の天蓋が吹き飛んだ。
 クロス・クライストは道のかげから突進し、男が次のバズ
ーカ弾を装填する間に。右手で前の車を反対
側のガードレールまで突き飛ばし久車かげ
に密んでいた男は、銃を持ちかえるひまもな
く、ガードレールと車にはさまれ、絶命した。
  コーヘンはかろうじて生きていた。ガード
達が折り重なり自分の身を持って盾となり、
彼の命を助けたのだ。
 クロス・クライストはコーヘンのガードの死体をとり徐き、
コーヘンを道ばたへ横たにわらせた。コーヘン
はやがて目を開けた。
 「私は、皆からあまりよく思われていないよ
フだな」
 「そりゃ、あんたの罪業だぜ、。死んでくれる
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なよ。まだ俺は完全な情報をもらっていないに
 「心配するな。まだ私は死なん。すまんがし
この服の中にある(ンドトーキーのスイッチー
をいれてくれんか」

クロス・クライストは服から小型の機械を取り出し、スイ
ッチを入れ、JI‘ヘンの顔の側へおいた。
 「クーガル。応援を頼む。他の奴は皆殺され
た」
 それからクロス・クライストの方へ視線を向け、話を続け
る。
「絶対死なんよ。君がカレンを助け出してく
れるまでヽヽヽザイルの発射を止めなければな」
 「こいつらは誰だ」
 クロス・クライスト憾道路に人形のようにころがる死体の
群れを見て言った。
 「わからんな」コーヘンはせき込む。
 「とにかく、私が」人の孫のために、人類全
体を危険にさらしていると考え、気にくわん
と思っている連中がいる事は確かだな」
クロス・クライストの車の残骸から、カレンの立体写真を

うやく探し出した。コーヘンヘ写真を見せ
 ながら、言った。クロス・クライストは決心したのだ。
 「さあ、俺はこれからどうすればいいの。だ」
  コーヘッの顔にわずかに笑みがみられた。
 [やってくれるのだな]
  青い顔だったが、喜びの表情は隠せない。
 「そうだ。俺は大パカに違いない。娘のため
一に死んでやるよ。父親として何もしてやれな
 かった親が、してやれる唯一の事らしい。彼
 女はレ″ネットにそっくりだ」
 「そうジャネットに生き映しだよ」コーヘン
 は言った。
 「ヘジがもうすぐやってくる」
  コーヘンは横たわったまま言った。
 「君はヘリに乗り、リーマス基地へ行き、マ
 ーカス大佐に会い。あれの指示に従ってくれ。
 総ては彼が知悉している」
 「マーカス大佐とは何者だ」
 「連邦軍の情報将校だ。四男のデリーの上官
 でもあった男だ。私の陣営のプレーンの一人
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だ。カレッ救出作戦はこの男のプーフンだ。我
我はジーマス空軍基地へ向かっていたのだ」
 東の方からヘリが2台やってきた。コーヘ
ッは最初のジェットへUyに収容された。2台
目の隋はクロス・クライストのためのものだ。
 「待て」タンカの上でコーヘンは上半身を起
した。
 「頼むぞ、クロス・クライスト、君だけがカレンを救える」
それから、コーヘンは手をさし出した。クロス・クライスト
とコーヘyは握手をかわした。お互い一生涯
で一度切りだろう。世界の王者ジチャードー
コーヘッもいまや。おいぼれた。孫をおもう
一人の老人にすぎないのだ。クロス・クライストにしても生
きて。この世界へ帰ってくる公算はまるでな。
い。
 ヘリは飛び立ち。リーマス基地へ向かった。
 クロス・クライストは考える。デズーゾーyへ辿り着くま
でかなりの難関があると思わなければなるま
い。さらにミサイルの発射をあの状態のコー
ヘッがいつまでストップをかけておけるか。だ二
  全てはコーヘンの政治力にかかっている。加
  えてあの疫病デロスにクロス・クライストがどれほど鍛える
  かだ。発熱がひどけれぱ動きがとれまい。条
  件は最悪だった。
 一  ヘリコプターが飛行場へ到着すると、若い
 。男がジープで走って来た・クロス・クライストがヘジから降
  りると・挙手した。
   「クロス・クライストさんですね。マーカス大佐がお待ちで
   」

   クロス・クライストは急いでぴIプヘ乗ぴ、司令部の建物 5‐
   へと向かった・「マーカス大佐」の標示がで ‐9
   いるドアを若い男があけた。
   マーカス大佐は、推定年令50才。身長180m
   上。筋肉質だった。目はたかのようで。ユ
   ヤ鼻、黒々とした髪。一種、近よりがたい
   象を与える。一種人間ではない。何かギジ
    ャローマ神話の一人をおもわせた。
   「コーヘンをよく助けてくれた。私にとって
   『、彼は重要な人物だからね』
   「私にとっては好ましい人物ではない。俺に
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死刑を宣告した男だ」
 「死刑を宣告した男か。それじゃ。私がその
死刑執行人というわけだ」
 クロス・クライストを外へ出るようにうながした。どうや
F部屋には盗聴器がしかけられているらしい。
 「私についてきてほしい」大佐は今度は滑走
路に向かって歩き始めた。
 「少なくともここでは盗聴される可能性は少
ない。この基地でもコーヘyに反対する陣営
の息のかかった者が潜入している。すでに君
が私に接触したこ・とは報告されているだろう。
コーヘンが負傷したことは今聞いたばかりな
のだ。時間が足りなくなった。今。彼が負傷
することは非常にマイナスだ」
 「ミサイルの件か」
 「それもある」
 二体君と彼との関係は何なのだ」
 「一種の後援者の一人と考えてもらっていい
だろう」
 「飛行機に乗り込むようだろうが、どうする
のだね」
 「細菌研究所を襲うのだ」
 「襲うだと」
 「君はまさか、細菌研究所が、君のためにデ
ロスの病原体をそなえて待っていてくれると
思っていないだろうね」
 「もちろん思ってはいない」
 「心配しなくてもいい。コーヘンの力で暗黙
の了解はとってある。が、あくまでも襲撃さ
れる建て前になうているんだ」
 「あんた、一体何者なんだ。一介の情報将校
がそこまで手かくぱれるとは考えられない」
 「私の正体はいずれわかる時がくるさ」
 「もう一つ質問させてくれ」
 「何だね」
 「RM計画とは具体的にはどんな計画なのか
ね」。
「それはデス=ゾーンへ行けばわかる。
べ4
しし
か、クロス・クライスト、これからおこる事は、いくら君が
外宇宙で経験をつんできたとしてもだ。君の
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想像を絶する出来事がおこるに違いない。そ
れはあらかじめ言っておくぞ」
 「あんたは一体。それにあんたは、俺が生き
てこちらの世界へ帰ってこられるように確信
しているようだな。それはなぜだ」
 「一種の力yとでも言っておこうか」
 クロス・クライストには問いかえす気力がなくなっていた。
マーカス大佐はゆっくりしタベり始める。
 「デスーゾーンはまるで死の地帯のように思
われているが、そうではない。一つの新しい
世界なのだ。地球に異なる2つの世界が存在
していると考えてもらっていい。我々が住む
世界とデス=ゾーンだ」
 クロス・クライストとマーカス大佐は飛行場のかたすみに
駐機してあるVTOL隨に辿り着いた。

 203年10月、細菌研究所内。
「君
にまず、目にしてもらいたいものがある」
細菌研究所に押し入ったクロス・クライストに対して、マ
-ガス大佐は言った。彼の持つプラスチック
の身分証明カードは各フロアのチェックポイ
ントを切り抜け地下最下層の機密セクション
に降りていく。
 研究所の全員は倒れている。通風口を通じ
て全機構内へ睡眠ガスが送り込まれていたの
だ。二人は防毒マスクをつけていて、念のた
め防疫服を着ている。
 「何だね。俺を驚かすつもりなのかね」
 「いや。違う、念のため事実を知っていてほ
しいだけだ」
 「この部屋だ」
 機密番号岨X.入室禁止の表示がかけられ
ている。魔法の杖ともいえるべきマーカス大
佐のプラスチックカードがこの部屋のドアを
開けた。
 「うっ」思わず.クロス・クライストは叫んだ。彼はこれま
での長い宇宙生活の間。いろんな生物をみて
きたがヽこれは理解の範囲をこえている。表
現しようがない。
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 「この生物は一体」
 「これか? これは人間だよ」
 「これが人間だと」
 「そう人間なのだ」’
 確かに顔があり、四肢はあるのだが、人間
とそこしれない異形のものが融合合体したよ
うにみえるのだった。
 「何か人間の体にへばりついたのか」
 「いいや、そうではない。体のそぱにあった
無機質の物体を体の中にとり込み変貌したの
だ」
 「体の中にとり込む」
 「非常な高熱がでるのがこの疫病の特徴なの
だが、その瞬間。まわりのベッドならぺ。ド
の中に沈み込んでいくようにみえるのだ。そ
してまわりの物体が空を飛び、まるで磁石の
ようにひきよせていく。そして体内で変化を
おこし。皮膚が人間の皮膚でなくなる」
 「そいつは病気で死んだ男の体なのかね」
 「いや、違う。病気で死んだ人間たちは普通
の体のままなのだ」
 「あの男は、生き残った男なのだ。サンプル
の一人として連邦軍がデス’1ゾーンから誘拐
してきたのだ」 ‘’
 「生きていた時。人間の言葉を解したのかね」
 「いや。全然ダメだったようだ」
 「そして、俺もこのような体になるというわ
けだな」
 「そうだ。’ここに内蔵されてあるサy.プルの
死体と同じようにな」
 クロス・クライストは冷汗が流れていた。
 「それじゃ、君に病菌を注入する」
 またあの時の悪夢がもどってくるようだっ
た。

 201 8年、火星。マリ’ナ=シティ郊外。
「頼
む、助けてくれ」
 クロス・クライストは火星嵐の中でこつ然と現われたアイ
パ″チをした男に頼みこむ。男の背後にかす
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かに船影がみえる。クロス・クライストは倒れ男の足をつか
んでいる。
 「どうやら誰かにおわれているようだな」
 「そうだ。コーヘンの手のものに」
 「コーヘy財閥か」 「その通りだ」男は少し
考え込んでいた。
 「ただで助けるわけにはいかんな。コーヘン
が相手ではな。代償に何をくれる」
 「ダイヤじ?どうかね」クロス・クライストは服から宝石袋
をとりだした。「金……」あらゆる物質をC
Cはとり出す。男はすべてを拒否する。
 「くそっ、それじ夕、お前、何をやったら俺
を助けてくれると言うんだ」
 男はニヤッと笑った。
ヽ「お前の右腕だ」
「何だと」
「正確に言うと、右手と右腕だ」
「お前は一体」’こんな所にいる。宇宙船。そ
れにこの男の姿。クロス・クライストは気がついた。’
 「そうか、わかったぞ’、お前達は地獄船か」
 「そうだ。さっしの通り。俺は地獄船の船長
さ。キャプテン=リードだ」
 地獄船は。星々をまわり、生さている人間
の生体を切り売りする商売をなりわいとして
いる奴らである。人造人間たち、サイボーグ
は金もうけをして、体の】部を本物の生体に
つけかえているのだ。いわぱ人肉商売だ。
 「どうし’ても。客の要望に対する右腕が一本
足りんのさ。もう時間がない。納入期限が迫
っている。そんな時、お前が追われているの
がレーダーにはいったので着陸した。さあど
うする。ヽ命か。それとも右腕だけにするかね」
 「くそっI、足もとをみ゛やがって」
 「いや、手もとを見ているのさ」宇宙帽のヘ
ツy=Hノフ5 Q'S gSIを通して、船長がニヤリ
と笑っているのがわかった。
 「もちろん、失った右腕のかわり、すばらし
いサイボーグ義手をつけてやろう。それにこ
の火星から、というよりも、コーヘン財閥の
手の届かない外宇宙へ連れだしてやるぜ」
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「わかった。その条件をのもう」
 地獄船のキャプテン9リードのおかげでか
ろうじてクロス・クライストは火星から逃れる事ができた。
右腕というたっとい代償をはらって。
 クロス・クライストは地獄船で外宇宙へ出かけ、地獄船で
しぱらくの間、汎用員として働いていた。地
獄船の中でサイボーグ手術を受け、新しい能
力を授けられてにいた。
 時が流れた。宇宙空間での生活は長いよう
でもあり、短かいようでもあった。
1
193年、10月ヽデス=ゾ!ン近郊。

ス=ソー・・ンとこの世界をつなぐ橋がある
誰もこの橋を渡って帰ってきた者がない。人
呼んで、「葬送の橋」。しかし車から望遠鏡
をのそいている男にとっては「希望の橋」だ
った。
 監視塔が見え始める。マーカス大佐はエア
ーカーのスピードを心持ちゆるめた。せまい
コックピットの中でクロス・クライストは長い間ゆられて来
たのだ。クロス・クライストの目的地までどうやら生きなが
らえてきたわけだった。ここがクロス・クライストの終焉の
地だとしても、45才の人生どうってことはな
かった。ここで。俺の生きてきた価値が始めて
わかるかもしれんとクロス・クライストは思った。

 空はどんより曇り始め、鳥はまったく上空
を飛んでいない。草木さえもなく、不毛の地だ。
 「やってきた」
 マーカス大佐、クロス・クライストの守護神であり。相棒
でもあった男がつぶやいた。ここはクロス・クライストの死
への第一歩であり、後戻りはできない。
 「汚染予防服をつけなおしてくれ」
  マーカスに言われて、クロス・クライストは後部シートの
装備パックをとり、服につけた。マーカスは
あの細菌研究所から予防服をつけている。な
ぜなら、クロス・クライストはすでに病気に汚され、身体が
変化し始めているのだ。
  モレノ飛行場からこの。デスーソーンまでは
100

101
かなりの距離があった。細菌研究所からモレ
ノ飛行場、それからココだ。
 汚染地域、すなわちデス=ゾ!yはこの国
の中央部を占め、広さ。およそX。一一一くらいで
ある。
 現在は地球連邦軍がこの地域への交通を完
全に遮断している。
 我々の世界とデス=ゾーンは大きな溝で切
り離されている。その溝には濃硫酸が流され
ている。溝よりも海という感じだ。幅はI平均
的に1』の幅で、二つの世界の境界線となっ
ている。
 こちら側には、20趾ごとに監視塔が立ち並
らび、その中には汚染防止服に身をかためた
連邦軍の兵士達か、侵入者及び脱出者はない
かと見張っている。ライン上500机上空にはヘ
リコプターが旋回し、さらに宇宙空間には静
止衛星が打ち上げられ、この地域の監視を行
なっている。侵入飛行物体はミサイルで攻撃
される。03年、地球に落下したイン石は現在
医学で助けられない病気デロスを蔓延した。
 それはこのイン石の落下地域デス=ソーly
からである。
 「さあ、いよいよだそ」
  マーカスはエアーカーのエンジyを切った。
  クロス・クライストはうなづき、降り。監視所へ向かって
歩いていく。
 監視員は二人いた。二人共連邦軍の兵士で
3.6才の若い男だ。
 だしぬげにクロス・クライストがドアを開けて入っていっ
た時、顔色を見て。二人の顔には驚きの表情
があらわれていた。
 「マーカス大佐ですね、お待ちしておりまし
た」防疫服をぬいだマーカス大佐と二人は握
手した。がクロス・クライストは防疫服を着たままですわっ
ている。
 「彼が志願者なのですね」
 「そうだ」
 「トレーラーは用意してあります」
 「トレーラーつて、何だ」
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だ」マーカスが言った。「1ヵ月に一度、我111」。
我、デスーソーyの中を探知探索するために、一
VTRカメラや測定機器を多数つみこんだ卜』
レーラーをオートーロボット操置で送り込んI
でにりる。もし途上で、デス=ゾーンの住人のI
 死体があれば、マニュピュレーターの操作に{
より搬入する。3日間、デス=ゾーンを走りI’
まわったあとヽこの監視所へ帰ってくる} 
 金髪の男がいった。 
 「デス=ゾーンの人間はそのドレークrには
干渉しないのかね」             一
 「トレーラーが入ってきていること自体を理一
解しているかどうか不明なのだ」
もう一人の。男がいう。

 「今回、このトレーラーは君の運転にまかせ
る」

 トレーラーは全長30m。重装備だ。8輪独
立全輪駆動走行タイプである。一種の動く装
甲車といった方が適切だろう。

 「あう雨だ。まずいな」
 監視塔の窓から見ると、雨が降り出し、濃
硫酸は雨水に反応し、発熱作用をおこしてい
る。熱水がとびはねている。湯気がもうもう
とあがっている。
「必ずかえってこいよ」再び防疫服を着たマ
ーカス大佐がクロス・クライストの手をにぎった。
 「気をつけて下さい」残りの2人が叫んだ。
 トレトーフドのエンジンをスタートさせる。

 もうもうたる溝からはねあがる湯気がむこ ‐10
うの景色をうっすらとしたものにしていた。

 橋は約1.5」の長さがある。このトレーラー
の時速は約30`一であり、約8分かかる計算で
ある。
 最初の2分は何もおこらなかった。それか
らだった。
 急に車体が右にきしみ。コックピットのボ
ディ右壁におもい切りたたきつけられた。絶
対安全なトレーラーか。クロス・クライストは笑った。
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 エンジンもなぜかストップしている。車体
は右へ右へと少しずつかたむいていく。コッ
クピットの座席が急に飛び出した。(ツチが
開く。車から外へほおり出された。瞬間。外
部のアンテナヘぶらさがっていた。
 アンテナはクロス・クライストの体の重みでゆっくりと下
へかしいでいく。トレーラーぱ後の部分はか
ろうじて橋の右側の側壁にひっかかり。前の
部分は橋の壁がやぶれていて。濃硫酸の川の
上へ突き出している。橋の下部から川まで高
度差は約10mであり、濃硫酸に反応した雨滴
がはねかえってクロス・クライストqブーツを侵食していた。
 再び、車がゆっくりとかたむいていく。座
席の内容物が、はずみで(ツチから川の中へ
落ち、無気味な音をたてて、煙をあげ、溶解
し、川に飲まれていく。
 クロス・クライストは思いきり、体を前後にふり、いきお
いをつけ、橋の上へとびあがろうとした。が
二振り目で、アンテナが真中から折れた。体
は空にあった。
 クロス・クライストは体をひねり、橋げたへ飛ぶ。へぱり
つご’うとするが、すべり落ち、足先が瞬間川
につかり。靴の先がなくなっている。
 車から落ちてきた内容物のしぶきがクロス・クライストの防
護服にかかり、じゅっと音をたてて。溶解す
る。ゆっくりとクロス・クライストは橋げたをよじ登ってい
く。ようやくのことで橋の上に立つことがで
きた。硫酸で腐蝕され始めた服をぬぎすて、
軽装になる。トレーラーを直しゆっくり、バブク
させ。橋の中央部分にもどした。車と橋をゆ
っくり調べ始める。後を振り返っても監視塔
は立ちのぼる湯気の中でかすんで見えはしな
い。
 車の下部ンヤフトのそぱと、橋のアスベス
トの上に小型爆弾がしかけられていたようだ。
トレーラーがその上を通ると同調して、爆発
するようセットしてあったらしい。誰かが仕
掛けをしていたのだ。恐らく監視塔の男がや
うたのだろう。コーヘソの反対陣営の奴らに
扇われたのだろ。うか。
103

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 クロス・クライストはゆっくりと右手をみた。この右手は
ロボットであり、病気はどういう影響を表わ
すのだろうか。寒気がした。降りつづく雨の
せいかもしれない。もうI度もとの世界をふ
りかえる。
 橋をやっとのことで渡り切った。まだ同じ
ような爆発物が2つや3つあるかもしれなか
ったのでゆっくりとトレーラーを動かした。
 橋をすぎ、10jほど行くと、町あとの広場
があった。雨やどりできる廃屋をクロス・クライストはさが
し始めた。
 くち果てた町並がまだ残っていた。
 うち続く雨。寒気が再びてCの体をおそっ
た。手近かにある家にはいる。
 突然。体が燃えあがったような気がした。
病気の第一期症状があらわれたのだ。
 クロス・クライストは倒れ、意識が遠のいていく。
 クロス・クライストの新しい精神の旅が始まろうとしてい
た・                (つづく)


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